2018年12月12日

僕と彼女の不思議な日常 5.翌日D

「信じがたいものがある、というのは?」

 先生は桐ヶ谷さんの回答に興味を示したのか、さらに話を続けるよう言ってきた。

 それに答えるように、さらに話を続ける。

「殺人鬼の思考は、我々一般人とはかけ離れた思考であると思います。なぜなら、人を殺すからです。人を殺すということ、それははっきり言って法律を犯すということ。間違っていることを、間違っていると分かっているかいないかは別として、行動を考えるとやはり一般の人間とは異なる考え方をしているのだと思います」

「つまり?」

 先生は、結論を聞きたそうにしていた。

 だから、桐ヶ谷さんははっきりと述べる。

「ですから、」

 一息。

「……どう考えても、殺人鬼の思考には追いつくことが出来ない、というのが結論だと、私は思います」


 それから。

 心理学の授業は、先生と桐ヶ谷さんのトークセッションのようになってしまい、聞いている学生にとって眠気はピークに達していた。当然だろう。元々聞いていただけでも眠い話題なのに、それがトークセッションに変貌を遂げてしまえば。僕だって眠くなる。眠っていないけれど。眠ってしまってどうなるか、恐ろしくて考えたくも無い。

 信楽雄一にノートを取って貰うことだって可能かもしれないけれど、彼だって眠っている可能性が高い。なぜなら過去に前例があったからだ。そのときはチョコバット三本で手を打ってやった。格安だろう? 格安なはずだ。格安であるはずだ。

 心理学の授業が終わり、次の授業は何か――とスケジュール帳を確認する。スケジュール帳にはいろいろなことが書かれていて、僕のトップシークレット的な存在だ。盗んだところで個人情報は入っていないけれど、盗まれたら少々私生活に影響を及ぼすぐらいには、盗まれたくないものだった。

「ええと、今日は午前中の授業は終わりか」

「何だよ。お前、午前中、これで終わり?」

 背後を振り返ると、信楽雄一の姿があった。

「そうだけれど? まさかノートを貸してくれなんて言わないよね」

「その通り! この通り!」

 そう言って両手を合わせる信楽雄一。

 ……ま、腐れ縁だから貸してやっても良いか。

「良いよ。また昼に返してくれ」

 そう言ってノートを差し出す。

 それを受け取った信楽雄一は笑みを浮かべて、

「サンキュー。報酬はまたチョコバットで良いか?」

「構わないよ」

 チョコバットが好きだから、という訳では無い。

 単純に手軽な値段で買えるお菓子がそれしかない、といえばいいだろうか。

posted by かんなぎなつき at 23:13| Comment(0) | 僕と彼女の不思議な日常

第一章-01

 高校のレクリエーションに部活紹介のコーナーがあるということは、既に教室で貰って居たしおりから得ていた情報の一つだった。しおりというよりはパンフレットに近いそれは、いったいどれくらいのお金を費やしているのだろうかと考えてしまいそうになる。しかしながら、すんでの所でそれを止める。あまり考えるべき内容ではないと判断したためだ。あまり考えるべきことではないと理解したためだ。

 部活紹介と言っても簡単なレクリエーションを提示するだけの、簡単なものであり、例えばバスケ部なら実際にダンクシュートを決めてみたり、野球部ならピッチングを決めてみたり、吹奏楽部なら実際に一曲演奏してみたり、と様々なスタイルで各々の部活動を紹介していた。

 そして、最後。

 大トリを飾るのは――俺も、皆も、想像が出来なかった部活動だった。

「何だ? SF同好会、って」

 誰かが言った。

「きっと、SFのことを研究しているんじゃないの?」

「じゃあ、文化系かあ。面白そう」

 そんな雑音をよそに、一人の少女が壇上に上がってきた。

 おさげを揺らしながら歩く少女は、どこか堂々としたたたずまいをしている。

 そして少女はマイクを持って、言った。

「皆さん、SFは大好きですか? サイエンス・フィクションでもすこし不思議でも構わない、その定義は問いません。もう一度言います、皆さん、SFは好きですか?」

 それを聞いてざわつく一年生連中。

 何を言っているのかさっぱり分からない俺は、しかし何か不思議な魅力を感じてしまっていたのか、彼女の話を聞いていた。

「私が求めているのは普通の人材じゃありません。SFが好きで、好きで、大好きな人たち。そんな人たちと日々不思議について研究していきたいと思っています。部員は……えーと、私だけなのだけれど! 今ならなんと副会長の座も着いてくるぞっ!!」

 それは完全に人材不足であるということを隠しきれていないだけなのでは……!?

「以上、SF同好会の紹介は終わりです! もし何かありましたら、文化部部室棟に張り紙を貼ってあるから、そこに来ること! あ、そうだ。最後に私の名前を行っておかないと。私の名前は、塩山昭穂。どうぞ、SF同好会をよろしく!」

 そうして。

 まるで嵐のように暴風雨だけをまき散らして去って行ったかのように。

 塩山昭穂は壇上から降りていくのだった。



 このようにして、何にも部活の紹介をしていないにもかかわらず、大トリを飾ることとなったSF同好会に興味を抱いた人間も少なくなく、文化部部室棟に張り紙が貼られているという情報を元に、放課後俺はその場所へ歩いていた。

 何故、歩いていたのだろうか、って?

 それは俺にも分からない。でも今思えば――子供の頃、『妄想だ』と投げ飛ばしたSFへの理解を少しでも強めたかったからかもしれない。

「駄目ね。全然、駄目。あんたは、この同好会には向いてないわ」

 扉を開けようとすると、昭穂の鋭い声が聞こえてくる。

 大方、拒否された時の反応なのだろうけれど――にしては、強すぎないか? その当たり方は。

 そうして外に出て行く一人の男子生徒。

「お前も、ここの狙いか? ここ、楽そうでいいもんな」

 急に声をかけられて、何を言い出してきたのかと思ったが、先ずは話を合わせておくことにした。

「……まあ、物珍しいからな。興味が湧かなかった、と言えば嘘になる」

「辞めといた方が良いぜ。ここは」

「どうしてだ?」

「何だって知らないけれど、あの会長とは馬が合うとは思えねえ。ほんとうにアンドロイドや宇宙人や異世界人が居ると思い込んでいやがる。そんなの、居る訳ねえってのに」

 成る程。

 つまり、そういうことを信じている頭の中がお花畑の人間だということか。

 やはり、諦めるべきだろうか。そう思って、踵を返そうとした――そのときだった。

「何だ、まだ一人居るじゃない! さあさあ、あなたも面接希望者なんでしょう?」

 扉を開けて、中から塩山昭穂が出てきたときには、流石に何も出来ない、と思った。

 ここで、いいえ違います別人です、と言えれば良かったのだろうが、それ程までの力は俺には無かった。

posted by かんなぎなつき at 21:48| Comment(0) | ようこそ、SF同好会へ!

2018年12月11日

僕と彼女の不思議な日常 5.翌日C

 桐ヶ谷紅葉とは――可憐であり華美であり、なおかつ綺麗な女性だった。

 と、一言で結論づけてしまうと世の女性から文句を言われそうな気がするので、簡単に説明士をしておくと、彼女はお淑やかな様子を見せていて、まるでお嬢様か何かのような感じに見えた。ただそれだけの話だ。別に何かくっつけるべきな話題がある訳でも無く、それ以上の付加価値がある訳でも無く。そこまで言ってしまうと、彼女に失礼となってしまうが。

 彼女が座っているのは、最前列の席だ。それは彼女が目が悪いだとかそういう身体的障害を背負っている訳では無くて、ただ単純に席が空いているのが最前列しか無かったということだ。どうして最前列が空いているか、って? 答えは単純明快、先生の質問に当てられやすいからさ。

 というわけで先生の授業も後半戦に突入。この授業は、ええと、なんだったかな、心理学の授業だったか。そんな授業は波も無ければゆっくりと進んでいく凪のような授業だ。だから眠くなってしまう学生も多くて、ちらりと背後を見渡してみると、眠っている学生も少なくない。

 ただ、この先生の授業は課題が毎回出される。その課題をこなさないと単位を貰えないなんてこともあるので、起きなくては成らないのだ。本当なら。きっと眠っている人々はあとでRINEでもココアトークでも使って情報を仕入れるのだろう。その人にはその人なりの解決策があることぐらい、承知の上だ。

「……では、この問題を、桐ヶ谷くん、答えて貰おうか」

 案の定、先生に当てられる最前列の桐ヶ谷紅葉。

 それを見ていて、くすくすと笑みを浮かべるものも居る。何故笑うのか。好きであそこに座っている訳でもないだろうに。

 そんなことを考えていたら、桐ヶ谷紅葉はゆっくりと語り始めた。

「殺人鬼の心情には、信じがたいものがあります」

 そういえば、今回のテーマは『快楽殺人犯について』だったか。

 ……昨日、快楽殺人犯に出逢ってティータイムも行った僕にとっては、何というか、とってもタイムリーな話題のように思えるけれど。

posted by かんなぎなつき at 22:22| Comment(0) | 僕と彼女の不思議な日常