2018年12月16日

空ろの箱 後編




 紅茶は美味しい。香りで愉しむものでもあるが、味でも愉しむものでもある。だからこそ、僕にとってはそれが素晴らしいものだと言えるし、言えないことを何でも言える包容力に近しい何かを持っている。とにかくこれは素晴らしいものだ。発明した人間に敬意を表したいレベルだ。

「そんなことを言いたいんじゃない。お前はどうしてあの『ボックス』に殺しの命令をさせることが出来たんだ」

 きっと警察はそんなことを言ってくるだろう。

 もしも僕の正体を見つけられれば、の話だが。

 でも残念ながら見つけることは叶わないだろうね。きっと血眼になって探しているのだろうけれど、それは大きな失敗であり、それは大きな成功であり、それは大きな間違いを犯しているのだから。

 失敗は成功の母である、とは誰が言った言葉だったかな? 思い出せやしないのだけれど、今そんなことはどうだっていい。ともかく僕が捕まらないように仕組んだ、この完璧な作戦を遂行すれば良いだけの話。

 人は殺した。あとはプログラム通り逃げ切れば良いだけだ。このプログラムは、ロボットによって出力されたデータではなく、僕が自ら考えた犯行計画だ。そしてプログラムのプロテクトを外して、『人間を人間と認識させないようにした』。ただそれだけの話だ。

 え? それじゃ、自分も人間として認識されなくなって、殺戮マシーンに文字通り殺戮させられるのではないか、って? 良い視点だよ、鋭いところをついてきたね。けれど、それは簡単な話。タイムリミットを設ければいいだけの話だ。後は僕は逃げ切ればいいだけ。あとはただのボックスと普通の人間の普通の物語が幕を開ける。いつも通りにね。




 ボックスは何でもやってくれる。

 ボックスは何でも解決してくれる。

 ボックスはどんな願いも叶えてくれる。

 ボックスは――では、ボックスとは何か?

 ボックスには、どんな願いが込められているか?



≪この原稿に加筆修正を加えたものを、2019年春刊行予定のOLfE 春号に掲載されます。続きをお楽しみに。≫
posted by かんなぎなつき at 02:50| Comment(0) | ノンシリーズ

2018年12月08日

空ろの箱 前編

※本作は2019年春刊行予定の「OLfE」春号に掲載される原稿の試し読み分となります。
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posted by かんなぎなつき at 18:03| Comment(0) | ノンシリーズ

2016年11月12日

ペインティング・ラブ【試読版】(1)



 美術部の部長、十文字明音さんが目の前に立っている。
 整った顔立ちに、銀色の長髪。人形のような、パーツだけを見ても完璧といえるような存在。
 外見だけでも完璧なのに、性格は敵味方を作ることなく、誰にも壁隔たりなく接する。八方美人とは彼女のための言葉だろう、と言っても過言ではないくらい、理想的な人。
 そんな彼女が、今私の前にいる。

「……ねえ、榎本めぐみさん。今、お時間空いているかしら?」

 私の名前を言った彼女は――嘗めるように私の身体を見つめながら、首を傾げる。
 私は、頭の中で一度スケジュールを思い返して――その結果、時間的に問題ないことを確認したうえで、小さく頷く。

「ええ……、問題ないですけれど……?」

 十文字さんと私は同級生だ。だけれど、高嶺の花として男子学生に注目されている彼女と私じゃ大違いだ。そもそも私は彼女とあまり話した経験が無いのだから。

「そう。ありがとう。実はね、私の絵のモデルになってほしいのよ。……たぶん、今日一日だけになると思うのだけれど。お願いできるかしら?」

 モデル、ですか。

「絵のモデル、っていったいどういう作品ですか? ……デッサンとか、ですか?」
「まあ、それに近いかしら。話はここでするよりも……美術室で話をしようと思うのだけれど、どうかしら。別に、美術室で話を聞いてから決めても構わない。お願い、まずは話だけでも聞いてくれない?」
「話だけ……そうですね。話だけなら……」

 別に、悪い話ではなさそうだし。
 恥ずかしいことであるのは変わりないけれど、十文字さんに関わることが出来るというのは、それだけでも私の中では栄誉なことであると言ってもいいだろう。
 そう思いながら、私は頷いていた。
 それを聞いていた十文字さんは踵を返すと、

「それじゃ、十五分後に美術室に来て。よろしくね」

 そう言って十文字さんはウインクをして、立ち去っていった。
 その表情はとても何かを楽しみにしているような――そんな様子だった。



posted by かんなぎなつき at 02:29| Comment(0) | ノンシリーズ