2016年11月04日

ウラシマ村と竜宮城【試読版】(4)


「いかがなさいましたかな、このような場所までわざわざ来たということは、何か気になることがあったと。探求心を突き詰めたのでしょうか」

 村長さんの家に着いて、アポイント無し(当然だけど)の訪問に快く受け入れてくれた村長さんはとても柔和な笑顔を浮かべていた。とはいえ、その挨拶――もといファーストインプレッションは上々にすべき、というのが最善の選択と言えるだろう。実際のところ、たとえいくら相手が警戒していたとしても、その警戒を少しでも解くために、私はいい人ですよ、と相手に示すためには、やはりそのような柔和な表情を示しておくほうが一番と言われている。……その村長さんがそれを知っていて、そうしているならば策士この上ないけれど。
 今僕たちは客間に居る。ここが絶海の孤島とは思わせないような豪華なソファに腰掛けている。そうして高級そうに見えるティーカップに紅茶が注がれている。まだ湯気が立っているが、きっと僕たちはこれを温かいうちに飲むことは無いだろう。
 それは疑念という意味もある。第一、ここにやってきた人間――それも初めて出会う人間に警戒心を完全に解くことなどありえない。ともなれば、毒物か何か入っている可能性があっても――何らおかしくはないだろう。考えすぎ、と言われてしまえばそれまでの話だが。

「私たちは竜宮城の伝説について調査しておりまして」

 話を切り出したのは夏乃さんだった。夏乃さんは敢えて、一人の少女が行方不明になっていないことについて触れず、そう話した。
 それについて、何も表情を変えることなく、

「ああ、竜宮城ですか。最近問い合わせが多いのですよね……。確かに、ありますよ。ここには竜宮城が」
「え? ある、というのは……」

 それを聞いて、呆れ返ったような様子を見せる村長さん。

「まさか……、あなたたち、それを知らない?」
「伝説は……本当だと?」
「本当も何も、この沓掛島には本物の竜宮城がありましたよ。そうして、浦島太郎という人物が居たことも事実。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものです。ですが、これは真実なのですよ。我が村の村史にも記載されております。……時間があれば、見に行くとよいでしょう。小学校に図書館が併設されています。そこに村史がありますよ。司書の人間に話を通しておきましょう」

 不味い。完全に相手のペースに飲まれている。
 夏乃さん、いったいどういう手を考えているんだ――?

「椎名秋穗」

 ぽつり、と。
 夏乃さんは一人の少女の名前を言った。
 それを聞いて、村長さんは一瞬だけ眉をひそめた。
 そしてそれを、その表情の変化を、僕は見逃さなかった。

「その名前は、いったい?」
「行方不明になった、少女の名前です。民俗学に興味を持っていて、この村に向かっていたらしいのですが……」
「聞いたことはありませんね。いつ頃来られたのですか」
「一週間前。そうお聞きしています」
「ふうむ。成程、村の者に聞いてみましょう。大きくない島です。はっきり言って余所者は直ぐに見つかりますし、目立ちます。ましてや一週間もこの島に居たとすれば、必ず目撃している人間は出てきているはずですからな」
「ええ、ありがとうございます」

 そうして、僕たちは短い対面を終えた。
 村長さんの家を出て、

「夏乃さん、やっぱり村長さんは何かを知っていますよ。村長さん、少女の名前を聞いて――表情を変化させていました。あれは動揺している証拠です」
「その通り。……けれど、物的証拠が無いのが残念なところね。はっきり言って踏み込んでおきたいところだけれど、あれだけじゃはっきりしない。何しろ、秋穗ちゃんがどこに隠れているのか、それもはっきりとしていない以上、そう簡単に行動することは難しい話になるわね」

 やはり夏乃さんは鎌をかけるつもりで、あの時名前を口にしたらしい。
 それにしても『椎名』って――。

「そうよ」

 夏乃さんは僕の顔を見ていたのか、僕に答えを提示する。
 まるで答え合わせをするかのように。

「きっと少年も気付いているだろうけれど……、椎名秋穗はカツの妹よ。カツは昔から妹と仲が良かったからね……、クルーザーを運転しているときはとくに気にも留めなかったかもしれないけれど、実際は彼、泣きながら私に相談してきたのよ。聞いた話によれば、行方不明になった直後からずっとやつれているらしいわ。……仕方ない話よね、そりゃあ、ずっと可愛がっていた妹が行方不明になるのだから。そして彼女は浦島太郎伝説を調べていた。その目的地が……この沓掛島だったとすれば? すべて、合点がいくということよ」

 成程。
 あのカツさんの妹だったのか。それにしてもあまり悲しんでいる表情は見せなかった。心配させまい、という強い意志があるのかもしれない。僕ならば絶対にできない。強い意志を持つ人なんだと、僕は思った。しかしながら、強い意志を持っていたとしても行動する力が無い。立ち向かうために知識が無い。そういうことで力も知識も備わっている夏乃さんを頼ったのだろう。このような不思議なことに関しては夏乃さんはお手の物だから、最適な人選と言えるだろう。

「……さて、長く話してしまったな。少年、先ずは図書館へ向かうぞ。知識を手に入れなければ、何も話にならない。村史からこの村に残る浦島太郎伝説を紐解く。準備はいいか?」

 準備なんて、とうのとっくに出来ている。
 そう思って、僕は大きく頷いた。


(続きはアンソロジーにてお楽しみ下さい。)
posted by かんなぎなつき at 02:22| Comment(0) | 柊木さんシリーズ

ウラシマ村と竜宮城【試読版】(3)



 クルーザーに乗って三十分。
 沓掛島に足を踏み入れた僕たちを、待ち受ける人間は誰一人としていなかった。
 当然といえば当然かもしれないけれど、どこか不思議な雰囲気を漂わせているようにも見える。

「じゃあ、三日後の夕方にまたここにやってくるから。何かあったら、電話をしてくれ」

 そう言って、クルーザーは再び本州へ向かって動いていった。

「電話……とは言ったが、」

 夏乃さんはスマートフォンを取り出す。
 スマートフォンの画面は圏外を示していた。

「……絶海の孤島、ってやつか……。おそらく固定電話も繋がっていないだろうし……」
「どうして事前に確認していなかったんですか」

 僕は夏乃さんに質問する。

「……それについては申し訳ない。だが、電話が出来ない可能性を考えて、今回あいつには三日間という期限つきでお願いした。それによって、何かあっても何とかなる、という話だ。救援は呼べないが永遠に呼べないわけではない」

 それにしても、このご時世、携帯が使えない場所があるというのか。携帯のカバー率は九十九パーセント以上ということを聞いたことがある。あれは間違いだったのか――いや、今思えばあれはあくまでも通信に対して、であって通話に対してはカバーしていないのかもしれない。VoLTE? ああ、そういえばそういうのもあるけれど、僕の携帯はそれに対応していない、ちょっと古めの携帯だ。
 それはそれとして。

「夏乃さん、今から僕たちはどこへ向かうんですか? まさか、いきなり村人に直接『竜宮城』について質問するわけではありませんよね?」
「そんなことがあるわけないだろう。……しかし、この島に知り合いも何も居ないのも事実だ。観光客が来ることなんて想定していないだろうから、宿なんて無いだろうし。……最悪、野宿の可能性もあるだろうなあ」

 野宿、ですか。
 準備一切していないんですけれど、それについては夏乃さんが全負担という形でいいんですよね?

「ああ、安心してくれ。寝袋だけは少年の分も持ってきているぞ。だから安心して野宿をすることができる」
「そういう問題じゃないのでは……?」

 そんなことを言った――ちょうどその時だった。

「おやおや、この島に観光客とは珍しいことだ」

 そう言ったのは、腰を曲げたおばあさんだった。おばあさんは僕たちを見て違和感を抱くことはせず、ただここに来た珍しい観光客だということしか言わなかった。

「……いえいえ、すいません。別に騒がしくするつもりはありませんから」
「しかしまあ、何のためにこの島に来たのかね。京都ならもっといい観光地もあるだろうに。例えば……その、天橋立とか」
「まあ、その……」

 歯切れの悪そうな発言をする夏乃さん。
 流石の夏乃さんも、毎回しっちゃかめっちゃかになることは避けておきたいようだ。
 けれど、それでは前に進まない。
 そう思って――僕から話を切り出した。

「『竜宮城』について、調べに来たんです」

 それを聞いたおばあさんは眉をぴくりと震わせる。

「ほう、竜宮城と、な。確かにこの島には竜宮城の伝説が広く知れ渡っている。けれども、そう若いうちからこの島にやってくるのはあんたたちが初めてのことだ。いやあ、物珍しいや。ほんとうに。あ、一応言っておくけれども、別にあんたたちを馬鹿にしているわけでは無いのよ」
「……そう言われても、仕方が無いかもしれませんね」

 ここでようやく夏乃さんが反応をする。
 仕方ないことかもしれないけれど、ここまでしないと話が進まない。夏乃さんにはあとで謝っておくことにしよう。

「竜宮城の伝説は、村でも知っている人は数少なくてねえ……。何故かは解らない。しかしながら、今の村長がそれを知っているはずだよ。村長は、浦島太郎を看取った人間の子孫が代々その職を受け継ぐ、と言われているからねえ」
「浦島太郎を……看取った?」

 こくり、と頷くおばあさん。
 やはり何かこの村には――怪しい影が潜んでいる。
 僕はそう確信するのだった。

「それじゃ、村長に話を聞いてみることとしましょう。おばあさん、村長さんの家はどちらですか?」
「この坂を上った先にあるよ。『高坂』と書かれているから、それを目印にして探すといいだろうよ」

 そうして僕たちはおばあさんの言葉を聞いて、村長さんの家へと向かうことにした。
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2016年11月02日

ウラシマ村と竜宮城【試読版】(2)


 二

 京都府を北上する京都縦貫自動車道。
 僕は夏乃さんの運転で天橋立に向かっていた。
 あ、自己紹介が遅くなりました。僕の名前は日下洋平といいます。かつて因習が残る集落で生まれて、今は大学生として東京の大学に通っています。専攻は民俗学。民俗学を学ぶこともあって、というか昔出会ったこともあって、今は夏乃さん――ああ、フルネームを言ったほうがいいでしょうか。柊木夏乃さんとともに行動をしている、というわけです。
 夏乃さんは、伝承相談所というものを東京で経営しています。名前の通り、伝承や因習、その他もろもろよくわからないオカルトチックなものを相談しに来る人々の悩みを解決するのが仕事。まあ、オカルトなんてたかが知れていて、大抵は気分の問題で解決できるものが殆どであることが多い。というのも、気分というのは案外精神に影響を与える。気分が悪いときは幻覚や幻聴が起きやすいというデータもあることだし、金縛りも脳が完全に覚醒状態に陥っていないことから発生することだということが科学的に立証されている。
 そういうわけで、今やオカルトチックなことというのは、殆ど科学で解析されつつある。
 だから、民俗学は日陰者――そんなことを言われることも多々ある。
 それでも僕は民俗学を専攻した。それはきっと、自分の奥底にあの忌まわしき因習が遺された集落――それがこびり付いているのだろう。
 僕が住んでいた時はその因習については殆ど知らなかった。中学を卒業する間際に夏乃さんと出会ってその断片を知ったくらいだから。そのあと、高校に進学してかつての中学時代のクラスメイトから話を聞いたり文献を調べたりしていくうちに――あの集落の因習について、全てではないけれど、その殆どを知ることが出来た。
 僕がその民俗学に興味を抱いたのは、ちょうどそのタイミングでのことだった。高校の社会の先生が民俗学を専攻していたこともあり、よく話をしていた。大学へ進むときもその先生のコネクションが無ければ今の大学へ行くことは出来なかった――そう考えればあの忌まわしき因習も捨てたものでは無いのかもしれない。今ではとっくに風化してしまって、あとはあの集落自体も緩やかに死を待つばかりだ。日下家で唯一因習から僕を縛り付けようとしていた祖父も卒業後直ぐに亡くなり、それから少しして両親は市街地のほうに引っ越してしまい、今本家には誰も居ないらしい。たまに母が掃除に出かけるときもあるらしいけれど、基本的にはあの家には誰も住んでいないようだった。
 僕もまた、高校に進学して一人暮らしを始めてから、両親と連絡こそ取ってはいるものの、本家には一度も足を踏み入れていない。それほど、あの場所が恐ろしい場所だったということを知ってしまったからだ。

「……少年、カーナビを見たままぼうっとしているようだが、どうかしたか? もしかして、渋滞が発生しているのか?」

 夏乃さんの声を聴いて、僕は我に返る。
 長い自分語りだったことを反省せねば。

「いや……。この高速、ずっと続いているな……、と思ったので。夏乃さん、ところでこの高速はどこまで乗るんですか?」
「終点の宮津天橋立インターかな。そこまで行けば、天橋立まではもう少しだ。そこで待ち合わせをしている。船を貸してくれる人間だよ。彼は船を操縦できるからね、そのまま沓掛島へ向かおうという算段だ。ところで少年、天橋立には行ったことがあるか?」

 それを聞いて、僕は首を横に振る。

「なんだ、勿体ないぞ。天橋立は日本三大名景の一つ。若いうちに行っておくといろいろ知識が身についていいぞ。それに、少年は少々外に出なさすぎる。大方、私の手伝い以外は外に出ようとは思わないのだろう?」

 図星だ。
 どうしてこうも、簡単に的中させてしまうのだろう。

「……その表情、図星って顔だな。まあ、別に勉強は悪いことではないけれど、少しは外に出て学ばないとね。フィールドワーク、ってことだよ。聞いたことはあるだろう? ほら、少年はポケモンでいうところの第何世代がピークだったかな?」
「……第四世代から、ですね」

 それを聞いた夏乃さんはどこか落ち込んでいる様子だった。
 僕は何か間違ったことを言ってしまっただろうか。

「……まじか。伊達に八つも年齢が離れていないな。私なんて第二世代からずっとぶっ通しでプレイしているというのに……」
「ところで、それって何か関係がありますか?」
「関係がないことは無いな。要するに、外を出て学ぶことはたくさんあるぞ、ということを言いたかっただけだ。まあ、ゲームを題材にして話す話題では無いかもしれないが」

 車は進んでいく。
 高速道路は平日の昼下がりという時間帯が影響しているためか、ガラガラだった。だから夏乃さんがアクセルをべた踏みしても何ら影響は無かったし、それによって時間が短縮されるならば僕にとってはありがたいことだった。
 そうして、車は進んでいく。
 ただ、それだけのことだった。


 ◇◇◇


 天橋立に到着したのは、それから二時間後のことだった。
 午前八時前に東京の事務所を出て、天橋立に到着した頃には午後三時を回っていた。その間食事休憩を除いて殆ど運転していた、ということを考えると夏乃さんの気苦労も大変なものだっただろう。
 駐車場に車を置いて、ロープウェー乗り場へ向かう。
 ロープウェー乗り場にはアロハシャツを着た男がこちらを見て手を振っていた。……明らかに近寄りたくない分類の人間であることは間違いないけれど、夏乃さんも手を振り返すということは彼が夏乃さんの知り合いということで間違いないだろう。

「久しぶりだなあ、夏乃。いつ以来だ? 高校以来か?」
「そうね、そうかもしれない。……それにしても、あなたも結婚したのなら言ってくれればいいのに」
「お前が結婚祝いを素直にしてくれると、俺が思っているのかよ?」
「……それもそうね」

 夏乃さんはそこまで言って、目を瞑った。
 そして、僕に右手を差し出し、

「紹介するわ、私の助手」
「日下洋平です。よろしくお願いします」

 頭を下げ、一礼する。礼儀は大事だ。こういう風に初めてであった人にはまず挨拶をする。ファーストインプレッションを大事にしないと、色々と面倒なことになる。それは大学生活でよく学んだ。

「いいよ。そんな堅苦しい挨拶は要らない。夏乃の後輩なんだろう、あの集落の。まあ、俺は都会の人間だから詳しくは知らねえけれどよ……」

 サングラスを頭の上に載せて、その人は言った。

「俺の名前は椎名勝則。カツさんと呼んでくれよ。まあ、別に呼ぶ、呼ばないは君の自由だが」
「おい、カツ。少年が困っているだろう」
「そうかい? 別に困っていないように見えるけれど。……まあ、いいか。取り敢えず向かうことにしようか、案内するよ。船はこっちだ」

 そう言って、カツさんは歩いていった。
 僕たちはただカツさんに付いていくしかなかった。
posted by かんなぎなつき at 00:36| Comment(0) | 柊木さんシリーズ