2016年09月16日

羊使いとプリンアラモード(2)


 カルノー山脈、その麓の町イスリア。

 俺とリーサはそこに到着した。

「何度見ても思うけれど、この町はほんとうに長閑だよな……」

 石畳の床、石壁の家、人は少ないが誰も皆笑顔だった。

 物は無いが、それについて不満は無いように見える。それが、この町の人たちだった。

「ケイタ。あなたもこの町に来たことがあるの?」

「何度か、ね。ヒリュウさんに羊肉とミルクを買いに来たことがあるよ」

「ふうん……。いい街だよね。空気もいいし、人もよさそうだし」

 リーサは鼻歌を歌いながらそう言った。どうやら上機嫌のようだった。

 リーサがそう思ってくれているならそれはそれで大変ありがたいことだと思う。

「……それにしてもこの町のどこにヒリュウさんは?」

「この町には居ないよ。正確に言えば、この町の高台に居る。カルノー山脈の雄大な土地を使って羊を飼っているからね」

「あら、あなたたち。ヒリュウさんに会いに行くのかい?」

 声の聞こえた方向に振り向くと、そこにはお店があった。野菜や肉、嗜好品など雑貨を売っているお店のようだった。

「ええ、そうですけれど……」

「だったらちょうどいい! これをヒリュウさんに持っていてくれないかい? ヒリュウさんに渡すのを忘れてしまってねえ。いつもならこの時間にやってくるのだけれどすっかり遅いものだから。……風邪でも引いているのかしら」

 溜息を吐いてそう言ったのは割烹着を着た恰幅のいい女性だった。おそらくこの店の店主なのだろう。

 女性が渡したのは白い風呂敷に包まれた何かだった。それが何であるか俺とリーサには解らなかったが、頼まれたことは引き受けるに越したことは無い。

 風呂敷を受け取って、俺とリーサは町を後にするのだった。ゆっくり歩けば三十分はかからないだろうが、しかし山道を歩くことになる。俺はいいけどリーサはあんまり体力の無い印象があるし、こりゃいつも以上にゆっくり歩かないといけないだろうな、その時はそんなことを思っていた。
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2016年09月15日

羊使いとプリンアラモード(1)

 ドラゴンメイド喫茶、ボルケイノ。

 そこのお得意さんである羊使いのヒリュウさん。

 いつも狼を連れてきているヒリュウさんはプリンアラモードを食べている。

 今日は、そんなヒリュウさんのお話し。


 ◇◇◇


「ヒリュウさん……珍しいわね。いつもなら、この時間にやってくるはずなのに」

 はじまりはメリューさんの言葉だった。

 時刻は午前十時。ボルケイノがオープンしてから一時間。いつもならこの時間くらいにはやってきて、いつものようにプリンアラモードを食べるのだが……。

 何か、心配だ。

 そして心配なのはメリューさんも一緒だった。

「心配だな。ちょっと、ケイタ。リーサとともにヒリュウさんの家に向かってくれないか? ヒリュウさんも年だし、何かあったかもしれない」

「ヒリュウさんの家ってことは……カルノー山脈でしたか?」

 カルノー山脈。

 ある世界の、とある国。その中心に位置する巨大山脈のことだ。放牧が盛んにおこなわれていて、ヒリュウさんも代々羊飼いとしてそこに住んでいる。そのカルノー山脈の麓にある町、ボルケイノの扉はそこに繋がっている。

「そうだ。ヒリュウさんはうちのお得意さんだ。だからこそ、心配なんだよ。それくらい解るだろう? それにリーサはあまり外の世界に慣れていない。今後どこかに一人で買い物をしてもらうこともあるだろうよ。私はこの仕込みが忙しいから……頼めるのがケイタ、お前しかいない。解るな?」

 そこまで言われては仕方ない。そう思って、俺はリーサとともに出かけるためリーサを呼びに店の奥へと向かうのだった。

 リーサと俺の準備が出来たのはそれから十五分程経過してからだった。メリューさんが作ったヒリュウさんへの『お土産』も持っている。何やら特殊な器に入っているようで、ある程度の振動なら吸収してくれるらしい。何だよ、そのオーバーテクノロジーは。

「それじゃ、行ってきます」

 そして、俺とリーサはボルケイノの扉をくぐった。
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2016年09月13日

ダークエルフの憂鬱(5)

「ありがとう。とても美味しかったよ。それにしても……この料理を作ったのは、あの赤髪のメイドか?」

 私が訊ねると、マスターはゆっくりと頷いた。

「ええ、そうなりますね。ここの料理はあの人が一人で作っていますから」

 一人で作っている――か。だとすれば凄いことだ。これほどの料理を一人で作り上げるとは。私も見習わないといけないな。……見習っていれば、今もこのような生活はしていないのかもしれないが。

 立ち上がり、マスターに訊ねる。

「……美味しかったよ。ところで、お金は?」

「銅貨二十五枚になります」

 それを聞いた私は目を丸くしてしまった。

 銀貨二十五枚と言えば、私がたまに行く居酒屋で使うお金とあまり変わらないくらい。正確に言えば、ちょっと高級なお店くらいだった。お店の雰囲気からして銀貨一枚くらいかかるのではないか、と思ったが……この満足度でこれならば素晴らしいお店だ。

 私は麻袋に入っていた銀貨一枚を差し出し、

「それじゃ、これで」

 マスターに手渡した。

「かしこまりました」

 マスターはそれを受け取ると、店の奥に消えていく。それから少しして銅貨五枚をもってやってくる。こういうお店だから本物の銅貨かどうか怪しかったが(洒落では無いぞ)、見た感じ本物だった。

 そして私はドアを開けて、

「御馳走様でした」

 その一言を残し――お店を後にするのだった。


 ◇◇◇


 それから。

 リーズベルト王国の兵士の間である噂が飛び交うようになった。

 それは首都の城下町にあるドラゴンメイドが営む喫茶店が出来たのだということ。自分が望む料理であれば何でも作ることが出来るのだという。

 私はその噂をすっかり信じ込んで、城下町を探しまわるのだったが、それはまた別の話。




『ダークエルフの憂鬱』終わり
posted by かんなぎなつき at 01:10| Comment(0) | ドラゴンメイド喫茶