2016年09月23日

料理の修行志願?(1)

 今日も今日とてドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』は暇だった。

「暇だなあ……」

 俺はカウンターに崩れる形でぼうっと玄関のほうを眺めていた。

 ボルケイノはテーブルが五つにカウンターがあるという形で、お世辞にも広いお店とは言えない。それにここがすべて埋まることは滅多にない。だからこそ今の人員で何とかなっている状態だといえるだろう。

「……いやあ、暇だなあ」

「おい、ちょっと待て。そこのガキ!」

 背後で唐突にメリューさんが大声を出してきた。

 いったい何があったのかと思い、振り返ると――そこに広がっていたのは顔を真っ赤にしたメリューさんがボロボロな服を着た少女を追いかけまわしている構図だった。

 少女はパンを手に持っている。ただのパンではなく、フランスパンを半分に切ってそこにハムと野菜を入れたサンドウィッチのようなものだ。どうやら賄いか何かのようだったが、それを何かの偶然で入ってきた少女に奪われた、という算段か。だとすれば、かなり面倒な話になる。

 第一に、どうしてボルケイノに入ってきたのかということについて。ボルケイノには幾つかの世界と繋がる『扉』があり、それを経由して通らなければやってくることは出来ない。しかしながら、少女はここに居る。いったい、どうやって?

 第二に、少女はどの世界からやってきたのか。これは少女に質問すれば恐らく解決することだろう。まあ、問題は少女に聞いて『解らない』と言われたらアウトなのだけれど。

「ケイタッ! 急いでそいつを止めろ!」

 やれやれ。メリューさんがそう言ってくるから仕方がない。俺としては暇だからもう少しこのやり取りを見ておきたいけれど、そういわれて無視してしまうと給料がマイナスにされかねないので、これは実行するしかない。言っておくが、あくまでもこれは仕方なく、やっている。

 そうして俺はこちらに向かってくる少女を待ち構えて――そして思い切り抱きかかえた。

「……それにしても、どうしてこんなことをするんだ?」

 じたばたしている少女を見て、俺は質問する。

 メリューさんは漸く追いついて、少女の手からサンドウィッチを取り上げた。
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2016年09月22日

羊使いとプリンアラモード(7)

 器を見るととても綺麗だった。綺麗、とはいっても流石に食べた跡は少し残っているけれど、それでも綺麗といえるくらい残さずに置かれていた。まあ、プリンアラモードが大好きなヒリュウさんがそれを残すとは到底思えないし、当然のことかもしれないけれど。

 そのあとはキッチンを借りて容器とスプーンを洗った。もちろん洗ったのは俺だ。ヒリュウさんが「申し訳ない」と言って洗おうとしたが、ヒリュウさんはあくまでもお客さん。そんなことをしてもらっては、お客さんではなくなってしまう。きっとそれはメリューさんも思っているだろう。だから、俺はその受け入れをやんわりと断った。

 そうしてそのあとももう一杯コーヒーをいただいて、たくさんの羊のミルクと肉をいただいて、俺たちはヒリュウさんの家を後にするのだった。


 ◇◇◇


 後日談。

 というよりただのエピローグ。

 この話を聞いていて、違和感を抱いていたかもしれないけれど、ヒリュウさんから頂く羊肉とミルクは何も今回が初めてというわけではない。時たまヒリュウさんが大量に持ってくる、ということだ。だからヒリュウさんに提供する料理は普段より安めに設定してある。それに、ヒリュウさんの羊肉とミルクはとても臭みが少ない。だから、抵抗がある人でも食べたり飲んだりすることが出来る。おかげでメリューさんの料理の幅が広がる、ということだ。

「それにしても、ヒリュウさんのミルクはほんとうに美味しいのよね……。おかげでプリンアラモードの材料には困らないし」

 あれってヒリュウさんの羊から作られていたのか。てっきり、普通に牛乳から作られていたと思ったけれど。

 それを聞いたメリューさんは目を丸くする。

「牛乳は高いから、安いミルクを使うしか無い。けれど、どうしてクセが強いものばかりになってしまう。それだけは大変だったのだけれど……、そのタイミングでヒリュウさんから羊のミルクを貰った、ということ。もう、奇跡にも偶然にも近いことよ。本当に有り難いことだと思わなくちゃ」

 ボルケイノの事情はまだ深いことがたくさんある。そう思って俺はコーヒー牛乳を飲み干した。


終わり。
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2016年09月20日

羊使いとプリンアラモード(6)

「ええと、なになに? 『この容器はボルケイノのものだから、食べ終わったら水洗いしておくように。洗わなかったらケイタの給料からその分天引きしておくのでそのつもりで』……、そんなことお客さんに渡すものに入れておくなよ……」

「ほっほ、まあ、彼女らしいのう。まあ、後で洗い場を貸してあげよう。先ずは休憩とでも行こうではないか。……君たちが問題なければ、の話だが」

 俺はその言葉にゆっくりと頷いた。

 時刻は未だ昼過ぎだ。とはいえ、ボルケイノの時間軸ではあまり関係ないけれど。

 そういうわけで俺とリーサも、ヒリュウさんと同じくプリンアラモードを食べることにするのだった。


 ◇◇◇


 プリンアラモードの味は格別、と言っても過言では無かった。

 ヒリュウさんはいつもプリンアラモードを食べている。そういえば初めにボルケイノにやってきたときは、『食べたことのないデザートが食べられると思ったが』ということだった。確かにここは喫茶店だし、ご飯ものよりかはデザート、になるだろう。そういうわけでヒリュウさんは普通にご飯を食べてから、プリンアラモードを食べることとした。そして、そのプリンアラモードを食べて、その味に虜になった。

「ほんとうに、この味は飽きが来ない。素晴らしいものだよ。昔はあまり出歩こうとは思わなかったが、このお陰で麓に降りるようになったからな。ボルケイノに行くには麓まで降りねばならないから、そこだけが非常に面倒な話ではあるがね」

 そう言ってヒリュウさんはまた一口プリンを食べるのだった。その笑顔はまさに子供そのものだった。

 聞くところによるとこの地方での甘味はあまり無く、プリン自体が物珍しいものだということだった。言われてみれば、甘味として売られているのはよく分からないクッキーのようなものだけだったし、軟らかい食感の甘味自体が珍しいのだろう。

「……ふう、美味しかった。やはり、これを食べないと何か上手くいかない感じがするのう」

 そう言ってヒリュウさんは器を机に置いた。
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