2016年09月26日

料理の修行志願?(4)

 結局、そのあと少女はその条件を飲んだ。

 メイド服に着替えて、メリューさんの隣で料理を作っている。修行をしている、とでもいえばいいだろうか。あいにく今日は客も来ないし、たまにはこういうことがあってもいいかもしれない。

 少し暇ができたので、キッチンへ向かってみる。すると、メリューさんと少女――リューシュが話をしていた。

 リューシュは野菜を切っていた。下ごしらえ、という状態だろうか。メリューさんは鍋を使って何かスープを作っているように見えた。

「あれ、メリューさん。料理の修行はどうなったんですか?」

「料理を教えるより、先ずは細かいことを教えてあげないといけない。下ごしらえに皿洗い、雑用と思えることかもしれないが、いつかは教えるつもりだよ。……だが、今日中に教えないといけないな」

「お願いします!」

 リューシュは言って、メリューさんに頭を下げる。

「まあ、先ずは昼飯にするか」

 メリューさんはそう言ってまたスープを煮込み始めた。

 いったいメリューさんは何を考えているのだろうか、そんなことを思いながら、ただ俺はメリューさんを見つめていた。

 昼飯が完成したのはそれから十分後のことだった。掃除をしていたサクラと、今日はお休みだったシュテンとウラもカウンターに集結している。

「へえ、料理の修行ですか」

 サクラはリューシュの頭を撫でながら、そう言った。それにしてもサクラは子供に懐かれることが多いなあ。伊達に妹と弟が三人居る家庭で育っていない。

 そして今俺たちの前に置かれているのは、スープと塩むすびだった。塩むすびは女性陣には二つ、そして俺には三つおかれている。スープもそれなりの量があるので、それで問題ないだろうという結論に至ったのかもしれない。

「……美味しそう。いい香り」

 リューシュはスープの器をもって、ゆっくりとその香りを嗅いだ。

 スープには豚肉が入っていて、それ以外にも根菜を中心とした野菜が入っていた。おそらくスープの味付けのベースは、マキヤソースだろうか。
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2016年09月25日

料理の修行志願?(3)

 それは寒い夜のことでした。

 私と母親は貧しいながらも普通に暮らすことが出来たので、とても辛くはありませんでした。

 ですが、母親はあまりレシピの種類が多くなく、私としてもそれは悩みの種でした。ですから、いつも同じような料理ばかりでごめんね、という母親の言葉がいつも辛かったのです。

 その日は臨時収入が入ったので、お店のご飯を食べようと言ってきました。いつもそんなことは有り得ませんでしたから、私にとっては嬉しいことで、つい小躍りしてしまうほどでした。

 お店に入ると……とても美味しそうな香りがしました。行ったことのないお店だったけれど、とっても幸せそうな感じでした。

 カウンターに座って、ご飯を食べました。たしか食べたのは、赤いご飯が卵焼きに包まれたものだったと思います。名前は覚えていないですけれど、とっても美味しかったです。

 食べ終わって、私は母親に美味しかったねと言いました。母親もそれを見て頷いていました。

 そして私は思いました。母親の笑顔を見たくて、このお店の料理をなんとか再現出来ないか、と。何とか手に入れる方法は無いものか、と。

 そうして夜に母親と離れて、こっそりここに入っていました。そして、キッチンに入ったらサンドウィッチを見つけて、それを手に持っていこうと思ったらメリューさんに見つかりました。

 これが、今回の顛末です。


 ◇◇◇


「不快ね」

 メリューさんは少女の話を一通り聞き終えると、その一言を言い放った。

 そりゃあ無いだろう、と思ったけれど実際に作っている人間からしてみれば仕方がないのかもしれない。たとえ、人情的な話があったとしても窃盗は窃盗。犯罪には変わりがない、ということだ。

 メリューさんの話は続く。

「……まあ、でも、自警団には突き出さないであげる。ただし、一つだけ条件をつけるわ」

 メリューさんは指を一つ立てて、そう言った。

「……何でしょうか……?」

「私が今から、一つあなたに料理を教えてあげる。そして、その料理を完璧にマスターするまで、あなたはここから出してあげない。これが条件」
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2016年09月24日

料理の修行志願?(2)

「はあ、はあ、はあ……。ったく、久しぶりにこんなに走ったぞ。それにしても、このガキ。何でサンドウィッチを盗んだ?」

「いや、そんなことよりどうしてこの世界に入ることが出来たか、ですよ」

 やってきたのはティアさんだった。

「……ティア。どうしたのよ、急に出てきて。もしかして、最近出番が少ないから、張り切っているのかしら?」

「……っ! あなたは、どうしてそういう核心をついたコメントばかり出来るわけ! ……まあ、それはいいでしょう。問題は、その少女です」

 ティアさんは少女を指さして、言った。

 確かにこの少女が問題だらけだ。なぜここに入ってくることが出来たのか、そしてなぜこのサンドウィッチを盗んだのか、いろいろと話を聞かねばならないだろう。


 ◇◇◇


 少女をカウンターの席に座らせて、カウンターの向こう側に俺たちは立っている。

 少女は水入りのコップを両手で掴んだまま、ずっと俯いていた。

「……先ずはお前の名前を聞かせてもらおうか」

「…………ヒューイ」

 ヒューイ。いたって普通の名前だ。

「国は?」

「アルース王国」

「アルース王国か。……グラッセ王国の隣にある、海洋資源が豊富な国だったか」

 グラッセ王国はミルシア女王陛下が居る国だ。ということはあの世界と同じ国、ということか。

 メリューさんの追及は続く。

「何故、この店を知った?」

「……実は夜、母親と一緒にこのお店に入ったのです」

 昨日の夜。

 そういえば昨日の夜はやけにお客さんが多かった覚えがある。やはりボルケイノも何だかんだで知名度が上がってきている、ということになるのかな。まあ、そこに勤務している俺としては、忙しくなることで給料が上がるし、大変有り難い話ではあるのだけれど。

 そして、少女は昨日の夜からの話を、ゆっくりと始めるのだった。
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