「うん?」
アリスは僕が先程購買で購入したチョコバットを貪っていた。それが僕のモノであるということは、きっと理解した上で食べているのだろう。糖分は頭に必要だからね、うんうん。
「って、馬鹿」
そんな長いノリ突っ込みをした上で、僕はチョコバットの残り数本(あろうことか、買っていたチョコバットをすべて手に入れていた)を奪い取った。
「あー。チョコバット。それ、私の」
「違う、これは僕のだ。僕がお金を出して買ったんだ。たとえ数十円の価値しかなかろうと、誰かに奪われるものではない。それぐらい理解して貰いたいものだね」
「あ、あのー……私の話、聞いてます?」
「聞いてるよ、聞いてるとも。で? 僕たちに何を聞きたい訳? 確かに僕たちはここの大学生だけれどさ、何を話せば良いのか話せばいいのか分からない訳だよね」
「難しいことを聞くつもりは無いです。簡単に、この大学で起きた『不思議』な出来事を教えて欲しいのですよ」
「不思議な出来事?」
「例えば! 誰か消えてしまったとか」
「それこそ直ぐに警察が出動するべき案件では?」
「それもそうですよね……」
「じゃあ、僕たちに聞くことなんて何も無いんじゃないですか?」
僕は言う。
「どうしてですか」
それにむきになって頬を膨らませるのは、桐ヶ谷さんだった。
「だってこの大学には何ら不思議なことが起きちゃいない。普通の大学なんですから」
嘘を、吐いた。
お前の目の前には、親を殺した殺人鬼が居るじゃないか。
しかもその殺人鬼は警察を目の前にして、堂々とチョコバットを食べているではないか。
何も起きていない? 平和な日常?
いいや、そんなのはただのデタラメだ。
そんなのはただの間違いだ。
そんなのは、ただの否定だ。
「……分かりました。依頼をしようと思いましたが、そこまであなたたちが言うなら仕方がありませんね。確かに殺人鬼が居るとも思っていませんし。大学を中心にしているのも単なる偶然かもしれませんし。それについては、語るべくして語ることになるでしょう。……このことは忘れて貰えますか」
「は?」
「ですから、捜査依頼を出したことについてです。あまり、警察の領域に踏み込まれても大変ですから」
踏み込ませようとしたのは、どこのどいつだというのか。
まったく、巫山戯るのも大概にしろ、と言いたい。
「さて、アリス。これからどうしようか?」
僕は言うと、彼女の頭がごろんと僕の膝上に転がってきた。
何事だ、と思っていたらアリスがすやすやと寝息を立てていた。
「……何をしているのやら、僕は」
ほんとうに、何をしているのだろう。
僕は、殺人鬼を目の前にして、警察に突き出す真似をしなかった。
それがどのような意味か、言わずとも分かるだろう。
「でも、そんなこと、出来る訳が無いだろう」
誰も居なくなった食堂(正確には、食堂のおばさんは居るので、学生が居ないという意味)に、僕たちだけ。長々と一緒に居た彼女を警察に突き出すほど、僕は冷淡じゃなかった。
ただ、それだけの話だった。
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