2016年11月12日

ペインティング・ラブ【試読版】(1)



 美術部の部長、十文字明音さんが目の前に立っている。
 整った顔立ちに、銀色の長髪。人形のような、パーツだけを見ても完璧といえるような存在。
 外見だけでも完璧なのに、性格は敵味方を作ることなく、誰にも壁隔たりなく接する。八方美人とは彼女のための言葉だろう、と言っても過言ではないくらい、理想的な人。
 そんな彼女が、今私の前にいる。

「……ねえ、榎本めぐみさん。今、お時間空いているかしら?」

 私の名前を言った彼女は――嘗めるように私の身体を見つめながら、首を傾げる。
 私は、頭の中で一度スケジュールを思い返して――その結果、時間的に問題ないことを確認したうえで、小さく頷く。

「ええ……、問題ないですけれど……?」

 十文字さんと私は同級生だ。だけれど、高嶺の花として男子学生に注目されている彼女と私じゃ大違いだ。そもそも私は彼女とあまり話した経験が無いのだから。

「そう。ありがとう。実はね、私の絵のモデルになってほしいのよ。……たぶん、今日一日だけになると思うのだけれど。お願いできるかしら?」

 モデル、ですか。

「絵のモデル、っていったいどういう作品ですか? ……デッサンとか、ですか?」
「まあ、それに近いかしら。話はここでするよりも……美術室で話をしようと思うのだけれど、どうかしら。別に、美術室で話を聞いてから決めても構わない。お願い、まずは話だけでも聞いてくれない?」
「話だけ……そうですね。話だけなら……」

 別に、悪い話ではなさそうだし。
 恥ずかしいことであるのは変わりないけれど、十文字さんに関わることが出来るというのは、それだけでも私の中では栄誉なことであると言ってもいいだろう。
 そう思いながら、私は頷いていた。
 それを聞いていた十文字さんは踵を返すと、

「それじゃ、十五分後に美術室に来て。よろしくね」

 そう言って十文字さんはウインクをして、立ち去っていった。
 その表情はとても何かを楽しみにしているような――そんな様子だった。



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2016年11月04日

ウラシマ村と竜宮城【試読版】(4)


「いかがなさいましたかな、このような場所までわざわざ来たということは、何か気になることがあったと。探求心を突き詰めたのでしょうか」

 村長さんの家に着いて、アポイント無し(当然だけど)の訪問に快く受け入れてくれた村長さんはとても柔和な笑顔を浮かべていた。とはいえ、その挨拶――もといファーストインプレッションは上々にすべき、というのが最善の選択と言えるだろう。実際のところ、たとえいくら相手が警戒していたとしても、その警戒を少しでも解くために、私はいい人ですよ、と相手に示すためには、やはりそのような柔和な表情を示しておくほうが一番と言われている。……その村長さんがそれを知っていて、そうしているならば策士この上ないけれど。
 今僕たちは客間に居る。ここが絶海の孤島とは思わせないような豪華なソファに腰掛けている。そうして高級そうに見えるティーカップに紅茶が注がれている。まだ湯気が立っているが、きっと僕たちはこれを温かいうちに飲むことは無いだろう。
 それは疑念という意味もある。第一、ここにやってきた人間――それも初めて出会う人間に警戒心を完全に解くことなどありえない。ともなれば、毒物か何か入っている可能性があっても――何らおかしくはないだろう。考えすぎ、と言われてしまえばそれまでの話だが。

「私たちは竜宮城の伝説について調査しておりまして」

 話を切り出したのは夏乃さんだった。夏乃さんは敢えて、一人の少女が行方不明になっていないことについて触れず、そう話した。
 それについて、何も表情を変えることなく、

「ああ、竜宮城ですか。最近問い合わせが多いのですよね……。確かに、ありますよ。ここには竜宮城が」
「え? ある、というのは……」

 それを聞いて、呆れ返ったような様子を見せる村長さん。

「まさか……、あなたたち、それを知らない?」
「伝説は……本当だと?」
「本当も何も、この沓掛島には本物の竜宮城がありましたよ。そうして、浦島太郎という人物が居たことも事実。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものです。ですが、これは真実なのですよ。我が村の村史にも記載されております。……時間があれば、見に行くとよいでしょう。小学校に図書館が併設されています。そこに村史がありますよ。司書の人間に話を通しておきましょう」

 不味い。完全に相手のペースに飲まれている。
 夏乃さん、いったいどういう手を考えているんだ――?

「椎名秋穗」

 ぽつり、と。
 夏乃さんは一人の少女の名前を言った。
 それを聞いて、村長さんは一瞬だけ眉をひそめた。
 そしてそれを、その表情の変化を、僕は見逃さなかった。

「その名前は、いったい?」
「行方不明になった、少女の名前です。民俗学に興味を持っていて、この村に向かっていたらしいのですが……」
「聞いたことはありませんね。いつ頃来られたのですか」
「一週間前。そうお聞きしています」
「ふうむ。成程、村の者に聞いてみましょう。大きくない島です。はっきり言って余所者は直ぐに見つかりますし、目立ちます。ましてや一週間もこの島に居たとすれば、必ず目撃している人間は出てきているはずですからな」
「ええ、ありがとうございます」

 そうして、僕たちは短い対面を終えた。
 村長さんの家を出て、

「夏乃さん、やっぱり村長さんは何かを知っていますよ。村長さん、少女の名前を聞いて――表情を変化させていました。あれは動揺している証拠です」
「その通り。……けれど、物的証拠が無いのが残念なところね。はっきり言って踏み込んでおきたいところだけれど、あれだけじゃはっきりしない。何しろ、秋穗ちゃんがどこに隠れているのか、それもはっきりとしていない以上、そう簡単に行動することは難しい話になるわね」

 やはり夏乃さんは鎌をかけるつもりで、あの時名前を口にしたらしい。
 それにしても『椎名』って――。

「そうよ」

 夏乃さんは僕の顔を見ていたのか、僕に答えを提示する。
 まるで答え合わせをするかのように。

「きっと少年も気付いているだろうけれど……、椎名秋穗はカツの妹よ。カツは昔から妹と仲が良かったからね……、クルーザーを運転しているときはとくに気にも留めなかったかもしれないけれど、実際は彼、泣きながら私に相談してきたのよ。聞いた話によれば、行方不明になった直後からずっとやつれているらしいわ。……仕方ない話よね、そりゃあ、ずっと可愛がっていた妹が行方不明になるのだから。そして彼女は浦島太郎伝説を調べていた。その目的地が……この沓掛島だったとすれば? すべて、合点がいくということよ」

 成程。
 あのカツさんの妹だったのか。それにしてもあまり悲しんでいる表情は見せなかった。心配させまい、という強い意志があるのかもしれない。僕ならば絶対にできない。強い意志を持つ人なんだと、僕は思った。しかしながら、強い意志を持っていたとしても行動する力が無い。立ち向かうために知識が無い。そういうことで力も知識も備わっている夏乃さんを頼ったのだろう。このような不思議なことに関しては夏乃さんはお手の物だから、最適な人選と言えるだろう。

「……さて、長く話してしまったな。少年、先ずは図書館へ向かうぞ。知識を手に入れなければ、何も話にならない。村史からこの村に残る浦島太郎伝説を紐解く。準備はいいか?」

 準備なんて、とうのとっくに出来ている。
 そう思って、僕は大きく頷いた。


(続きはアンソロジーにてお楽しみ下さい。)
posted by かんなぎなつき at 02:22| Comment(0) | 柊木さんシリーズ

ウラシマ村と竜宮城【試読版】(3)



 クルーザーに乗って三十分。
 沓掛島に足を踏み入れた僕たちを、待ち受ける人間は誰一人としていなかった。
 当然といえば当然かもしれないけれど、どこか不思議な雰囲気を漂わせているようにも見える。

「じゃあ、三日後の夕方にまたここにやってくるから。何かあったら、電話をしてくれ」

 そう言って、クルーザーは再び本州へ向かって動いていった。

「電話……とは言ったが、」

 夏乃さんはスマートフォンを取り出す。
 スマートフォンの画面は圏外を示していた。

「……絶海の孤島、ってやつか……。おそらく固定電話も繋がっていないだろうし……」
「どうして事前に確認していなかったんですか」

 僕は夏乃さんに質問する。

「……それについては申し訳ない。だが、電話が出来ない可能性を考えて、今回あいつには三日間という期限つきでお願いした。それによって、何かあっても何とかなる、という話だ。救援は呼べないが永遠に呼べないわけではない」

 それにしても、このご時世、携帯が使えない場所があるというのか。携帯のカバー率は九十九パーセント以上ということを聞いたことがある。あれは間違いだったのか――いや、今思えばあれはあくまでも通信に対して、であって通話に対してはカバーしていないのかもしれない。VoLTE? ああ、そういえばそういうのもあるけれど、僕の携帯はそれに対応していない、ちょっと古めの携帯だ。
 それはそれとして。

「夏乃さん、今から僕たちはどこへ向かうんですか? まさか、いきなり村人に直接『竜宮城』について質問するわけではありませんよね?」
「そんなことがあるわけないだろう。……しかし、この島に知り合いも何も居ないのも事実だ。観光客が来ることなんて想定していないだろうから、宿なんて無いだろうし。……最悪、野宿の可能性もあるだろうなあ」

 野宿、ですか。
 準備一切していないんですけれど、それについては夏乃さんが全負担という形でいいんですよね?

「ああ、安心してくれ。寝袋だけは少年の分も持ってきているぞ。だから安心して野宿をすることができる」
「そういう問題じゃないのでは……?」

 そんなことを言った――ちょうどその時だった。

「おやおや、この島に観光客とは珍しいことだ」

 そう言ったのは、腰を曲げたおばあさんだった。おばあさんは僕たちを見て違和感を抱くことはせず、ただここに来た珍しい観光客だということしか言わなかった。

「……いえいえ、すいません。別に騒がしくするつもりはありませんから」
「しかしまあ、何のためにこの島に来たのかね。京都ならもっといい観光地もあるだろうに。例えば……その、天橋立とか」
「まあ、その……」

 歯切れの悪そうな発言をする夏乃さん。
 流石の夏乃さんも、毎回しっちゃかめっちゃかになることは避けておきたいようだ。
 けれど、それでは前に進まない。
 そう思って――僕から話を切り出した。

「『竜宮城』について、調べに来たんです」

 それを聞いたおばあさんは眉をぴくりと震わせる。

「ほう、竜宮城と、な。確かにこの島には竜宮城の伝説が広く知れ渡っている。けれども、そう若いうちからこの島にやってくるのはあんたたちが初めてのことだ。いやあ、物珍しいや。ほんとうに。あ、一応言っておくけれども、別にあんたたちを馬鹿にしているわけでは無いのよ」
「……そう言われても、仕方が無いかもしれませんね」

 ここでようやく夏乃さんが反応をする。
 仕方ないことかもしれないけれど、ここまでしないと話が進まない。夏乃さんにはあとで謝っておくことにしよう。

「竜宮城の伝説は、村でも知っている人は数少なくてねえ……。何故かは解らない。しかしながら、今の村長がそれを知っているはずだよ。村長は、浦島太郎を看取った人間の子孫が代々その職を受け継ぐ、と言われているからねえ」
「浦島太郎を……看取った?」

 こくり、と頷くおばあさん。
 やはり何かこの村には――怪しい影が潜んでいる。
 僕はそう確信するのだった。

「それじゃ、村長に話を聞いてみることとしましょう。おばあさん、村長さんの家はどちらですか?」
「この坂を上った先にあるよ。『高坂』と書かれているから、それを目印にして探すといいだろうよ」

 そうして僕たちはおばあさんの言葉を聞いて、村長さんの家へと向かうことにした。
posted by かんなぎなつき at 00:58| Comment(0) | 柊木さんシリーズ