2016年07月04日

イルの物語 序章

 世界の中心に聳える、知恵の樹。

 それは世界の知恵を司る樹として言われており、星の記憶をもとにエネルギーに変換して、それが樹として育っている。

 そして、フロミネーシュ王国の兵士であるイルはある夜、流れ星を見つける。

 その流れ星は、普通ならばそう珍しいことではない。

 だからこそ、彼は気に留めなかった。

 しかしながら、彼は気付かなかった。

 その流れ星が、彼を取り巻く運命の物語、その始まりであるということに――。


 ◇◇◇


 イルの一日は、自己トレーニングから始まる。腕立て、腹筋、木刀の素振り。これをもう何年も、正確には彼が兵士として登用されるようになってからずっと続けている日課になっている。

「よう、イル。今日も元気にトレーニングしているな?」

 そう言ったのは彼の兵士仲間であるレストだった。レストはイルと一緒に自己トレーニングをする仲になっている。

 レストは笑みを浮かべながら、木刀を肩に載せる。

「それにしても、それほど頑張っているというのに、どうして国王はお前を上に上げないと思う? 気になったことは無いか?」

「……別に気になったことは無いよ。王様に認めてもらって、僕は兵士になることが出来た。それだけでとても嬉しいから」

「昇任なんて考えていない、か……。上に行くことばかり考えている上司に聞かせてやりたい言葉だよ」

 レストは頭を掻いて、思い出したかのように話を始めた。

「そういえば、国王陛下のお呼びだ。話を聞いていなかったか?」

「……え?」

 それを聞いて、イルは木刀の素振りを止めた。

「それ、ほんとう?」

「嘘を吐いてどうする。いいから急いで行ってこい。もしかしたら昇給のお話かもしれないぞ。まあ、国王陛下自ら話をするということは、もしかしたらそれとは別の、もっと重要な話かもしれないが」

「ありがとう、ちょっと行ってみるよ」

 そうして、彼は国王陛下のもとへと向かうのだった。


 ◇◇◇


 謁見の間にて。

 国王陛下とイルは対面していた。とはいえ、イルは跪いているため、実際に顔を合わせているわけではないが。

「イル・ルスムークよ。昨日、我が国の領土に落ちた流星のことは知っているかね?」

 単刀直入に、国王陛下から質問があった。

 イルはそれを聞いて、大きく頷く。

 はっきりと、見えるように頷く。

「……ならば、話が早い。その流星の被害を調べてもらいたい。しかし、被害が未知数であるため、人員をそう割くことが出来ない。だから、イル。君一人で流星の被害を確認してもらいたい。大丈夫かね?」

「ははっ。畏まりました」

「ならばよろしい。私から武具を授けよう。装備しているだけで強い力を得るであろう」

 国王陛下はイルに何かを差し出した。

 イルは立ち上がり、それを丁重に受け取る。

 それはペンダントのようだった。黒い宝石のようなものが付いており、吸い込まれるような魅力を感じさせる。

「では、下がるがよい」

 その言葉に従って、イルは謁見の間を後にした。

 これが、大きな物語――そのはじまりであることに、まだ彼を含めて、誰も気付かないのだった。
posted by かんなぎなつき at 00:25| Comment(0) | 知恵の木の伝説

2016年07月02日

第三話




 王城へ向かうには昇降機を利用する。魔法によって物体を移動することができるが、それを応用して作り出された大多数の人間や物品を運搬するためのものだ。もちろんそれを使うことができるのは王城に用事がある人間の中でも階級が上の人間だけに過ぎない。
 王城を中心として構成されている都市ファミリア。同心円状に人工の山脈が形成されており、下層に住むのは一般市民、上層に住むのは騎士階級以上の人間だけ。まさに階級制度を見た目で表した場所であるのが、この都市だった。
「相変わらず、人間は『階級』に縛られていることを幸福と考えているのだろうな」
 昇降機の窓から騎士団長は外を見て、僕にそう語りかけた。
 僕は入り口のほうから遠い目線で見つめていたため、その表情を窺い知ることは出来ない。
「……まあ、階級は我々が生まれる前から存在していた。正確に言えばそれが世界の仕組みとして介入しているものだといっても過言ではないだろう。過去の人類が、簡単に人類を統括するためにはどうすればよいか? 考えた結果がこれだっただけに過ぎないのだから」
「階級は昔から存在していました。それが人間にとって無益な争いを幾ら生んだことになるでしょうか。上級騎士法も、その争いを未然に防ぐために実行された法律にすぎません。簡単に言えば、我々が我々であるための……」
 昇降機の扉が開かれたのはちょうどその時だった。騎士団長は踵を返し、先に外へ出て行った。
 外に広がっていたのは巨大な石のアーチだった。アーチの両端には豪勢な造りの家が並んでおり、それが貴族の家であることが十分に理解できる。アーチの根元には銀の鎧に身を包んだ兵士がそれぞれ一人ずつ立っており、監視している状態になっている。
 騎士団長と僕が通るタイミングで乱れなく兵士は敬礼をした。騎士団長と僕はそれに軽く頭を下げて答える。これは礼儀だ。礼儀を軽んじる者はいずれ失墜する――それは僕の師匠の言葉だった。だから僕はそれを守っている。
 アーチを抜けると木の扉が僕たちの行く手を阻んだ。そこにも兵士が居るのだが、騎士団長の顔を見るとすぐに兵士は扉を開ける準備に取り掛かった。
 扉が開くまでそう時間はかからなかった。開け放たれた扉を抜け、ようやく僕たちは城内へと入ることができた。
「ところで、なぜ国王陛下と祈祷師に謁見する必要が……」
「未だ、解らんか」
 溜息を吐いて、騎士団長は歩き続けたまま話を続ける。
「祈祷師会議で一番に狙われるのは国王陛下ではない。国王陛下は常に我々上級騎士団が守っているからだ。問題は祈祷師。狙われるのは祈祷師のほうだ。もちろん、祈祷師にも騎士団の庇護がある。だが、それでも国王陛下と比べればそのグレードは落ちるものとなる。当然かもしれないが、祈祷師は普段外へ出ることはない。この城のエリア、あとは庭園か……そこしか出歩くことを許されていない。それは上級騎士団が全部をカバーしきれないから、せめて城内から出てほしくない。そういう意味を兼ね備えている、ということだ」
「では、祈祷師にお付きの騎士を……それで先ほどの話と繋がるわけですか」
「そういうことだ。もしかして、まだ気が付いていないのか? だとすれば、相当お前は察しが悪いな。……まあ、いい。どうせ国王陛下自らがお前に勅令を下すはずだ。そうすればお前はいやでもその意味を理解するだろう」
 こつり。
 僕たちはそこで立ち止まった。
 そこにあったのは、鳥が果実を背負い飛び去ろうとしているモチーフが象られた扉だった。それは紛れもなくこの国の国旗そのものであり、その場所は国王陛下の間の入り口であった。
「失礼いたします」
 騎士団長がその言葉を言ったと同時に、扉は開かれた。
 ぎい、という古い音とともに扉は開かれる。それは人間が開けたとか何かのカラクリが働いているというわけではない。これもまた魔法により自動化されているものに過ぎない。
 この国は階級制度の厳格化とともに、魔法の有効活用としてその技術を発展させることに尽力していった。その一つが魔法を用いた自動化だ。魔石――魔法を使う際のエネルギーが詰まった塊に魔法陣を刻み込むことでそのシステムを自動化することができるらしい。らしい、というのは僕が魔法に対して知識が乏しいだけなので、それ以上知らないということ。もっというならその知識すらかつて『彼女』から聞いた情報に過ぎないのだが。
 扉が開かれて、僕たちは前に進む。赤いカーペットが足元に敷かれ、目の前には巨大なステンドグラスがあった。ステンドグラスにも鳥が果実を背負う姿と人間が戯れる姿が描かれている。国旗をモチーフにしたものであり、それは国王陛下の権威を象徴しているものとも言えた。
 国王陛下の面前まで到着し、僕と騎士団長は跪き頭を下げた。
「国王陛下。アルファス・ゴートファイド上級騎士を連れてまいりました」
「うむ。楽にしてよいぞ」
 その言葉を聞いて僕と騎士団長は頭を上げる。
 国王陛下はじっと僕を見つめていた。国王陛下の目はじっくりと僕を調査するかのように体を見つめており、そして僕も国王陛下の目を見つめていた。
 吸い込まれてしまいそうな雰囲気。
 それが国王陛下の印象だった。別に今回が初めてというわけではない。もっというなら何度も謁見したことはある。だが、何度謁見してもそのイメージがぬぐえることはない。むしろ逆にそのイメージが増したように見えた。
 そういう恐怖を見せつけることができるからこそ、国王陛下はずっとその場にい続けることができるのかもしれない。
「アルファス上級騎士。話は聞いているな? 五日後、この国で三日間祈祷師会議が行われる。世界各地に住む祈祷師が集まり、世界の行く末を合同で祈祷し、思し召しを受けるものだ。もちろん内容としてはそれだけではない。祈祷師から考えた世界の進路を決める方法。それを具体的に考えるのが祈祷師会議なのだよ」
「承知しております」
 僕はこくりと頷いて、そう答えた。
 そして国王陛下もまたゆっくりと頷いた。
「うむ。祈祷師会議は厳正な場である。そして、三日間という長い時間実施される。残念なことに上級騎士団でも人員を割くのは難しい。今回は我が国で実施されるから猶更だ。そこで一人をお付きの騎士としておきたいのだが……」
「それを、わたくしに?」
 国王陛下は再度頷く。
「ああ、そういうことになる。三日間寝食を共にしてもらう、ということだ。ただし、会議といっても祈祷師は会議期間中の大半を祈祷に占める。そのため、実際は明日からの四日間も準備期間に入れることとなる。だから正確には明日からの七日間……ということになるかね」
「……寝食を共に、ですか?」
「いつ狙われるか解らないだろう? 祈祷師は私と並んで地位の高い人間だ。いや、あれは人間ではない別の何かといっても何ら不思議ではないが……。いずれにせよ、あれをどう狙ってくる輩が居るか解った話ではない。その言葉の意味が理解できるか、アルファス上級騎士よ」
 その言葉の意味を理解できない僕では無かった。
「……私が長く話をしても意味はないだろう。とにかく、まずは本人に出てきてもらうこととしよう。おい、祈祷師はどうした」
 国王陛下のすぐそばにいた兵士は、その言葉を聞いて敬礼をしたのち、
「はっ。直ちに連れてまいります」
 そう言って背後にある扉から外へ出て行った。
 その間、僕は考え事をしていた。
 上級騎士になるために、彼女と一緒にいたいために、僕はずっと彼女と会うのを自主的に禁じてきた。それは彼女と出会うことで未練が生じてしまうと思ったから。その未練を簡単に断ち切ることができないと思ったからだ。
 彼女と僕は幼馴染だった。一時期はずっと同じ一般市民として生活していた時期があったくらいだった。
 彼女と僕を切り裂いたのは、七歳の時にあった『選別』だった。
 名前の通り、階級を選別するもの。それは祈祷師や、或いは貴族によって行われるものだ。それも思し召しによって決定されているもので、僕たちはそれについて逆らうことはできない。もし逆らったならば神の意志に逆らったとして即刻処刑されてしまうだろう。
 そして彼女は、その思し召しによって――祈祷師になった。
 祈祷師は上流階級、それに対して僕はただの一般階級。会うことなんて簡単には許されない。だから暫くの間は僕と彼女が出会うことは無かった。
 僕と彼女が再び出会うことになったのはそれから七年後のこと。十四歳で騎士になった。自由に出会う機会とまではいかなかったけれど、彼女と会う機会を得られた。祈祷師になった彼女は服装や粗相などすっかり変わってしまったが、僕だと気付くと直ぐに近づいて涙を流した。
 彼女は祈祷師になったとしても、彼女のままだった。
「祈祷師が到着なされた」
 その声を聴いて僕は我に返り、首を垂れる。単純明快ではあるが、祈祷師は国王陛下とほぼ変わらない地位を持つ。だから僕たちがめったに出会えることはない。階級的には上流階級の中でもさらに上。最上級といっても過言ではない場所に存在する。
「面を上げてください」
 僕はその通り、顔を上げる。
 国王陛下と僕たちの間に、彼女は立っていた。
 赤と白を基調にした祈祷師のみが着ることを許される服を身に纏う彼女は、ただ僕の顔を見つめていた。
 国王陛下の話は続く。
「……聞けば、かつて君たちは幼馴染だったらしいではないか」
 なぜそのことを国王陛下が知っているのかと一瞬思ったが、普通に考えれば選別の時点で国王陛下は全国民の階級を理解しているはずなので、知っていても不思議では無かった。
「はい。さようでございます」
 仕方ない。ここで隠したとしても、ここで嘘を吐いたとしても何の意味もない。そう思って僕は答え、頷いた。
 国王陛下は立ち上がり、祈祷師である彼女の頭を撫でた。
「だから、慣れるのはそう難しい話ではないだろう? まあ、そのころの彼女とはまったく違うとは思うが……。何せ、祈祷師はふつうの人間ではこなすことができない。そのために、いろいろと訓練が必要であるからな……。おっと、それはまあ、それぞれのところで話してもらえれば良いだろう。住む場所と食べ物、その他もろもろについては彼女に聞くといい。エレン・カルールは居るか!」
「ここに」
 そう言って姿を見せたのは、水のように透き通った青い髪に、白いシャツに胸には赤いリボンがついている。黒いコートのようなものを肩から羽織っている彼女もまた、剣を腰に携えていた。
 きりっとした瞳は、しっかりと国王陛下を見つめていた。
 国王陛下もまた彼女の瞳を見つめて、ゆっくりと頷く。
「うむ、実に早く到着してくれた。アルファス上級騎士、彼女はエレン・カルールだ。王宮騎士の一人であるが料理に掃除……所謂家事全般が得意なものでね。彼女に、困ったら何でも話すといい。ある程度のことならば、正確に言えば彼女が解決できる範囲のことであるならば、解決してくれることができるだろう。あるいは、それに対するアドバイスをもらえるかもしれない」
「アルファス上級騎士様、祈祷師様。はじめまして」
 エレンは僕と彼女のほうを向いて頭を下げた。
 そして顔をあげて、恭しい笑みを浮かべる。その柔和な笑みは、自分は敵ではない、ということを暗に示しているようにも思えた。
「私はエレン・カルールといいます。国王陛下からもありましたように、世話役としてあなた方とともに行動することとなりました。祈祷師会議の終了まで、いろいろとご迷惑をかけたり、逆にいろいろと解決の糸口を見つけたりすることが出来ると思います。ですので、よろしくお願いしますね?」
 それを聞いて僕は頷いた。
 彼女は右手を差し出して、それを見た僕もまた右手を差し出し、固い握手を交わすのだった。
posted by かんなぎなつき at 10:43| Comment(0) | 死の花が咲いた日

第二話


第一章 謁見



 経験値。
 それは精神的な成長具合を示すパラメータのこと。
 一般的な考えはそうかもしれない。
 だが。
 この世界における経験値は肉体的パラメータの一面もある。
 刀身から赤い液体が滴り落ちる。その脇には、人が倒れていた。その人もまた赤い液体の海に沈んでいる。
 そしてそこから、赤い花が咲いていた。
 見るものを圧倒させる美しさ。しかしながらその花が咲くのは人の死に際だけ。花が咲くエネルギーは人間の『経験値』。
 経験値について、もう一度整理しよう。
 経験値は名前の通り、『経験』という不確かなパラメータを数値化したものだ。人を斬った経験、女を抱いた経験、勉強をした経験……経験は幾つもある。それをうまい具合に数値化したものが経験値という。
 そしてそれを糧にして死んだあとのエネルギーが爆発して咲く花が、目の前に咲いているそれだった。もっともらしい名前もあったように思えたけれど、結局みんなこう言っている。
 死の花。
 人々はその花をそう呼ぶ。そしてその花から経験値を摂取する方法は――。
 花を摘み、僕はそれを躊躇うことなく口に運んだ。
 血の味と、ほろ苦い味。それに生臭い香りが口の中に広がった。
 はっきり言ってこの花はおいしいものではない。
 もしかしたら経験値を得ることに対して人間の拒否反応が出ているのかもしれない。
 けれど、これを食べて、生き残っていかねばならない。
「……レベル2くらい上がったかな」
 僕はそう独りごちる。残念なことにレベルは自分自身で確認することはできない。教会に行って神託を聞く必要がある。教会に居る人間もまた祈祷によって神の意志を確認することが出来るのだが、その種類は祈祷師とは異なり、人間のレベルを確認することしか出来ない。
 神父様も神様に祈りを捧げている。それによって神様から情報を得ている。まったく、神様は代償も無くよく人間の言うことを聞いていられるものだと思う。それとも、祈りだけで神様は飯が食えるのだろうか。だとすれば随分エコな神様だとは思うが。
 花を食べたことにより、エネルギーを吸収する源が消滅する。それはエネルギーが枯渇した肉体がその姿を保てなくなるために起きる現象だった。花が残っているうちは肉体にも若干のエネルギーが保持されているために肉体が消滅することは無いのだが、花が消滅してしまっては話が別だ。エネルギーが供給されなくなってしまい(そもそも死んだ時点で人間の身体はエネルギーの循環がストップし、機能そのものが花に移行してしまう)、肉体はその状態を保持できなくなる。
 簡単に言っていることかもしれないが、これが人間の摂理だった。
 花を食べなくては、強くなることはできない。
 訓練で得られるものなど、所詮戦い方という知識に過ぎない。単純に肉体のレベルを上げるためには経験値を得る必要があり、そのためには人を殺さねばならない。
 もちろん、この世界にはモンスターという人ならざる者が生きている。そいつらを――モンスターを殺すことでも花は生える。だからそれを使えばいいのかもしれない。
 だが、人間の経験とモンスターの経験は必ずしも同じ換算ができるものではない。
 モンスターを殺して得られる経験値は人間のそれと比べて数倍も低い値を得ることができる。つまりモンスターを殺しても経験値は得られるのだが労力が何倍もかかってしまうということだ。
 はっきり言って、それは非効率だ。
 効率を上げるためにはどうしても人間を殺す必要がある。
 それがこの『階級』制度だった。
 人間があるピラミッド状にある階級を付与される制度のことだ。上から順に国王や大臣、祈祷師などの上流階級、次に騎士や兵士といった騎士階級、次に一般市民全体を指す一般階級、そして、最後は――。
「アルファス・ゴートファイド上級騎士、何をしている?」
 声が聞こえて、僕は思わず姿勢を正した。
 もしその声が自分の上司であるならば――姿勢を正し敬意を表す。たとえそれが、ほんとうに尊敬の念を持っていない人間であったとしても。
 踵を返し、声のほうを向くと案の定上司であるミリグラート騎士団長だった。
 ミリグラート騎士団長は貴族の生まれだ。すなわち階級でいうところの上流階級となる。
 そもそも僕たち上級騎士は階級でいうところの上流階級に所属することとなる。もちろんそこになるためには血のにじむほどの努力が必要であり、幾重にも存在する昇級試験に合格する必要がある。
 上級騎士の大半は上流階級なのでスタートがそもそも高い位置にある。だから試験を受ける回数も少ない。
 問題は僕のようにもともと一般市民だった人間の場合のこと。そもそも騎士に志願してそれが通れば騎士階級になることはできる。その中でもピラミッド――ヒエラルキーが存在して、その最下層に入ることになり、そこが僕たちのスタートラインになる。
 そこから先ずは騎士階級のトップ、中流騎士にならねばならない。兵士長を務めあげ、試験を重ね、騎士団長のお気に入りにならないと上級騎士の試験を受けることができない。
 そこまで登りつめるにはそう簡単なことではなかった。
 でも僕は成し遂げて、今はここにいる。
「……花を食べたのかね」
 騎士団長はマントを翻し、溜息を吐いた。
 嘘を吐いてもどうしようもないので、正直に答えた。
「指名手配犯でしたので。上級騎士法にのっとり、処罰いたしました」
 上級騎士法。
 それは長ったらしい法案の数々だが、簡単にまとめてしまえばたった一言で収まってしまう。
 上級騎士は下の階級の人間に対して、犯罪を行ったという立証が掴めれば殺して構わない。
 もっと簡単に言ってしまえば、上級騎士はその人間が犯罪を行ったと判明すれば殺しのライセンスを認めるというものだった。
 至ってシンプルであり、至ってクレイジーな法律といえる。
 だが、そうでもしないと上級騎士はレベルを上げることができない。
 さらに上を目指すことはできない。
「……これで血を拭うがいい」
 そう言って騎士団長はタオルを僕に投げ入れた。
「何かありましたか?」
 僕の言葉を聞いた騎士団長は溜息を吐いた。
「……どうもこうも無いだろう。今日は国王の謁見だ。祈祷師が思し召しをする日でもある。その思し召しをするところで、どうやらもう一つ発表があるらしい。そのためにお前を今から城へ連れて行かねばならない。言っている意味が分かるな?」
「え。それって……」
「『祈祷師会議』」
 簡単に、騎士団長はその名称だけを言った。
「名前だけは知っているだろう? 世界各地の国に散らばる祈祷師を集めて会議を行う。今回はこの国で行われる。そしてこの国で祈祷師を守るお付きの騎士が必要……というわけだ。まあ、そこでお前が呼び出されるということはほぼ確定だと思うが、そういうことだ」
 パン、と肩をたたく。痛い。
 血を拭ったタオルをどうすべきかと思いながらも、僕は剣を仕舞う。
「……それじゃ、今から」
「ああ。そうだ。城に向かうぞ、アルファス。身支度は問題ないな? ああ、それとタオルは回収しておこう。国王と祈祷師に謁見するのにそれは不要だ」
 手に持っていたタオルはあっという間に回収されてしまった。どこかのタイミングで捨てるのだろうか。別にまだ使えそうだったからこちらとしては何の問題もなかったのだが。
 それはそれとして。
 騎士団長と僕は、一路城へと向かうことになるのだった。

posted by かんなぎなつき at 01:33| Comment(0) | 死の花が咲いた日